下町こだわりガイド:第一回の弐
「火除観音」

   山門脇の高札
ここに書かれている事で、火除観音のあらましが分かるのですが、お寺で 頂いた略縁起に基づき、一通り説明致します。

臨済宗妙心寺派、覚法山了源院は
正保元年(しょうほがんねん=1644・・・江戸時代の始め頃ですね)創立、ご本尊に「火除観世音菩薩」(ひよけかんぜおんぼさつ)を安置。 土地の人々は「火除観音」と唱え、またこのあたりの地名も火除と呼ばれたそうです。
 「火除」の由来ですが、鎌倉の建長寺の開祖の僧が唐で授かったこの観音様を拝んでいたある日、夢で寺の火事を知り観音様を念じながら手で清水をすくって火に注ぐと、たちまち大雨となり火事は鎮火しました。
 その後いろいろなご縁で人伝になり、元禄元年に徳川家より敷地を賜り、現在の了源院の基礎となりました。
 近年では大正12年の関東大震災、また昭和20年東京大空襲のおり、それぞれ伽藍は焼失し、観音様のお厨子も火にかかりましたが、観音様ご本体、そしてお厨子脇の「観音乗馬」と呼ばれる木彫の馬は、常に安泰でおられました。
この「観音乗馬」に信心すれば、飛火、転じてオデキも全治すると伝えられています。



ご本堂外陣上部の高欄
内陣に向って左側
「奏楽の天人・横笛」




















ご本堂外陣上部の高欄
内陣に向って右側
「奏楽の天人・ひちりき」

このすばらしい彫刻は昭和の再建のおり、大工さんがノミ1本で独りで彫りあげたもの
一見の価値あり














こちらが了源院ご本堂です。
禅宗のお寺らしく、控えめな荘厳の内陣がうかがえます。
中央のフサの下がった幔幕の内部に、ご本尊「火除観世音菩薩」様がおいでになります。私見ですが鎌倉末期ないし室町期の仏様ではないかと推察致しました。
寺伝では「聖観音」さんだとの事でしたが、宝冠を戴き、片足を膝に組み片足を御座からゆるりと下げた「半跏踏み下げ」(はんかふみさげ)と見える姿勢と、そして確認していないのですが左の御手に宝珠を掲げていらっしゃる様なら、この仏様は「如意輪観音」(にょいりんかんのん)さんではないかと感じました。

こちらの仏様を写真に納める事は許されておりませんので、今回は「火除観音」さんのお姿はここではご覧頂けません。
ただし了源院さんを訪ね、閑栖さん(かんせいさん、臨済宗での引退したご住職の尊号)、寺田全雄(てらだ・ぜんゆう)氏にご案内をお願いすれば、ご本尊の拝観とともに少しくお寺のご説明を頂けると思います。拝観は無料ですが、心得(志納)をマナーとして下さい。午前10時から夕方4時くらいまでがよろしいかと思います。電話をしてから訪ねて下さいね。

臨済宗妙心寺派、覚法山了源院:東京都台東区下谷3-6-6
電話:03-3873-0318

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