下町こだわりガイド:第一回の壱
「開運子育地蔵尊」

浄土宗安楽寺の山門です。ご覧の様に街なかにあるお寺です。


   山門脇の高札
ここに書かれている事で、子育地蔵尊のあらましが分かるのですが、まだ調
査中につき、私の知り得た範囲で一通り説明致します。
浄土宗、安楽寺は慶長三年(1590)本堂を建立、「身かえり地蔵尊」を安置する。
「身かえり」とは「後ろを振り向く」という意味で、これは「すべての人々を救う
という意味が込められている」との説明が高札にありますが、全ての人々をあまね
く救うという仏教の思想は、他の仏像に多く伝えられ、信じられてきた功徳として
もよく知られています。
ですから江戸末期、この地蔵尊の功徳が多くの庶民に知られるところとなり、境内
に現在の石の地蔵尊が建立された頃から、「身かえり」が転じて庶民信仰のなかで
「子育」として広く尊崇を集めるようになったのではないかと考えられます。


山門内側の千社札・・・なかなか江戸風でいいですね 子育地蔵尊のお堂・・・境内でちょっと寂しそう


この方が「開運子育地蔵尊」です。
滋味にあふれた、お優しいお顔をしておいでですね。赤い頭巾とよだれかけは、願をかけた信者さん が着せて差し上げたものでしょうか。周囲にお供えした千羽鶴の折り紙も、子供の無事を地蔵さんにお祈りした方が手向けたものなんでしょう。
お顔の前を横切る木は、お堂の建物の一部で「虹梁」(こうりょう)といいます。ここに見られる彫刻は、江戸時代の典型例だと思われます。

本来、仏様のお顔を写真に納める事に抵抗があり、またそれをインターネットで広く配付する事にも、なにやら恐れににた気持ちがあるのですが・・・
江戸時代依頼、民間信仰の中心だった「地蔵さん」を敬い慕う気持ちと、もっと下町を知ってもらいたいという心から、あえて無礼を顧みず、ここに掲載致しました。

浄土宗、安楽寺:東京都台東区根岸4-1

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